- 慢性前立腺炎に対する鍼治療の効果 -
細菌感染が証明されない慢性前立腺炎(慢性骨盤痛症候群)の症状は多彩であり、頻尿、尿意切迫感といった蓄尿症状に加え、下腹部から尿道・会陰部・亀頭・陰嚢・ 恥骨・骨盤内・大腿内側部に疼痛もしくは不快感を訴える方が多いです。
慢性前立腺炎(慢性骨盤痛症候群)に対する治療としては、植物製剤であるセルニチンポーレンエキス(セルニルトン)が選択され、尿意切迫感や排尿困難などを伴う場合は、抗コリン剤やα1遮断剤などが併用されますが、薬物療法のみでは症状の改善が不十分な方も多い現状です。
原因には諸説ありますが、患者様の80%以上に骨盤内静脈のうっ滞を有するとの報告があり、骨盤内の血液循環の状態と慢性前立腺炎症状の関連が強く示唆されます。
当院で施行している仙骨部鍼治療(第3後仙骨孔部刺激)においては、薬物療法が無効であった骨盤内静脈うっ滞を伴う慢性前立腺炎症例に対して、80%以上の患者で症状の改善、骨盤内静脈うっ滞の軽減を認めたことを報告しています。
当院では、骨盤内静脈のうっ滞の改善、尿意切迫感、頻尿に対しては仙骨部鍼治療を、症状の改善が得られない場合(多くは尿道、会陰部痛、睾丸痛に対して)は陰部神経鍼通電療法を治療プランとして提供しております。
薬物療法で十分な治療効果が得られない患者様は、薬物療法と鍼治療の併用により奏功することが多いので、ぜひ御気軽にご相談くださいませ。
第29回(2022年) 排尿機能学会 (札幌)において、
『薬物治療抵抗性の慢性前立腺炎 / 慢性骨盤痛症候群(CP/CPPS)に対する鍼治療』
に関する研究報告を行いました。
◉薬物治療抵抗性の慢性前立腺炎に対する、
週1回間隔での12回の仙骨部鍼刺激と陰部神経鍼通電治療の
有効率は75% (蓄尿症状なし群:64%、蓄尿症状あり群:83%)
(NIH-CPSI値が6点以上減少を有効と定義)
◉鍼治療の効果は、症例によっては、治療4回(1ヶ月)と早期に効果を認めている。
◉大多数の症例で、治療8回(2ヶ月)で効果が期待できる。
◉本検討での鍼治療が、慢性前立腺炎患者のQOL改善に与えた要因として、
頻尿症状の無い症例では、疼痛の軽減が関与した。
頻尿症状のある症例では、疼痛と蓄尿症状、双方の軽減が関与した。
◉仙骨部鍼刺激と陰部神経鍼通電は、
慢性前立腺炎で生じる痛みのみならず、頻尿症状にも適応すると考えられる。
以下に詳細な内容を示します。
慢性前立腺炎(Chronic Prostatitis : CP) /慢性骨盤痛症候群(Chronic Pelvic Pain Syndrome : CPPS )は外陰部や骨盤部の慢性疼痛を主徴とし、また下部尿路機能障害(頻尿や尿が出しにくい症状)をも包含する症状症候群です。
本研究のきっかけは、慢性前立腺炎の患者さんでは、痛み・不快感は勿論のことですが、過活動膀胱症状(おしっこが近く、急に尿意が襲ってくる症状)も併発している患者さんが多いと、日々感じていたことでした。
実際に当院に来院された慢性前立腺炎患者さんでは、軽度のものも含めると、実に91%の患者さんに蓄尿症状(頻尿)を認めていることが分かりました。
そこで、鍼治療は慢性前立腺炎の
『痛み・不快感』に効くのか?
『頻尿』の症状にも効いているのか?
疑問に感じ、カルテ情報をもとに後方視的に検討を行ってみました。
近年の慢性前立腺炎に対する鍼治療の現状(泌尿器科医療の中での位置付け)としては、
◉2022年ヨーロッパ泌尿器科学会(EAU)の、CP/CPPSガイドラインでは、推奨度strong
と位置付けられました。
しかしながら、まだ慢性前立腺炎における下部尿路症状に対する鍼の効果は不明確です。
そこで本検討では、慢性前立腺炎患者さんの蓄尿症状(頻尿)の程度に基づいて、鍼治療効果の差異について検討しました。
薬物治療抵抗性の慢性前立腺炎 50例を対象に、診療録より, 週1回間隔で12回 治療継続できた症例を抽出しました。
最終的に、18例(遠方からの通院のため、週1回での通院が困難な症例など)を除外した、32例を対象に検討を行いました。
検討方法は、介入前の評価から、
蓄尿症状なし群 (NIH-CPSIの質問6:蓄尿症状が2点以下)
蓄尿症状あり群 (NIH-CPSIの質問6:蓄尿症状が3点以上)
以上の2群に群分けし、それぞれ鍼治療効果について後方視的に検討を行いました。
鍼刺激法は、両群とも共通し、
◉中髎穴(第3後仙骨孔部) : 2寸8番鍼を用いた、10分間の仙骨骨膜、徒手刺激
◉陰部神経刺針点 : 3寸5番鍼を用いた、2Hz,15分間の鍼通電刺激
これらを1回の治療としました。
週1回の鍼治療に対して、評価は治療前と、4週時、8週時、12週時に評価しました。
統計学的検討は、反復測定分散分析と、多重比較検定にBonferroni法を用い、治療前と各時点との比較を行いました。
検討対象32例は、蓄尿症状 なし群:14例、蓄尿症状 あり群:18例に割り付けられました。
年齢はそれぞれ中央値37歳、35歳と有意差無く、罹病期間、残尿量にも有意差は認めませんでした。
両群間で認められた特徴的な差
◉蓄尿症状あり群は、NIH-CPSIのトータルスコアが有意に高い.
◉重症度の分布にも有意差がある. (蓄尿症状あり群は重症例が多い)
◉NIH-CPSIを項目別に見ても、痛み、蓄尿症状、QOLスコアが有意に高く、
蓄尿症状 あり群では、症状全体が重症化している。
鍼治療の経過を示します。
まず、NIH-CPSIトータルスコアの推移です。
◉蓄尿症状 なし群
▶︎介入前平均21.5点から12週時平均14.3点へと推移。
▶︎8週時と12週時で、初診時との有意な差を認めた。
◉蓄尿症状 あり群
▶︎介入前平均28.4点から12週時平均16.6点へと推移。
▶︎4週、8週、12週、全ての時点に有意な改善を認めた。
サブスコア(疼痛スコア)の結果
◉蓄尿症状 なし群
▶︎8週・12週時で有意な改善。
◉蓄尿症状 あり群
▶︎4週、8週、12週、全ての時点で有意な改善を認めた。
サブスコア(排尿スコア)の結果
◉蓄尿症状なし群
▶︎当然ながら、有意な変化は無し
◉蓄尿症状 重症群
▶︎4週、8週、12週、全てに有意な改善を認めた。
サブスコア(QOL項目)の結果
生活の質(QOL)は両群ともに、4週、8週、12週、全ての時点で有意な改善を認めた。
12週時の慢性前立腺炎症状スコア群間比較です。
◉12週時のCPSIトータルスコアは、初診時と異なり、有意差を認めなかった。
(両群同等のレベルまで改善した。)
◉その要因として、ベースラインからの変化量で見ると…
▶︎蓄尿症状あり群で、トータルスコアと、蓄尿症状において、有意に変化量が大きかったことが影響した。
薬物治療抵抗性の慢性前立腺炎(CP/CPPS)に対し、中髎刺激と陰部神経鍼通電を試みたところ
◉ 蓄尿症状 なし群では、疼痛を有意に軽減し、
◉ 蓄尿症状 あり群では、疼痛と蓄尿症状を有意に軽減する、という差異を認めた。
以上の結果から、鍼治療は慢性前立腺炎における、疼痛のみならず頻尿症状にも適応すると考えられた。